【結の仕事術 Vol.1】ひらめきを形にする原動力
出版プロデューサーとしてさまざまな本づくりに携わってきた平田静子が、人と人、情報と情報を「結ぶ」仕事術を紐解くシリーズ連載「結の仕事術」。
連載第1回は、わずか11行の原稿から生まれたベストセラー『アメリカインディアンの教え』
そこにある「結」とは…。
1本の電話から始まった
1989元年、ラジオ局のニッポン放送でオンエアされ たある番組で1本の詩が紹介された。のちに皇太子殿下が45歳の誕生日会見で「スウェーデンの教科書に載っていた」として紹介された〝Children what they live〟という、行の詩であった。
書籍編集部の編集長になったばかりの私に興奮した声で番組プロデューサーから電話がかかってきた。「今、すごいんだよ」彼はスタッフがどこからから見つけてきた詩を紹介したところ、「もう一度聞きたい!」「何か紙に書いたものはないのですか?」という熱い声が 殺到していることを教えてくれた。
私が初めて手掛けたベストセラー『アメリカインディアンの教え』は、1本の電話から誕生したのである。
確かな手ごたえと
かすかな手がかり
私はすぐに詩を取り寄せた。
— ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります。 —
なんと優しく、普遍的で大切な言葉だろう。また、なんと力強い言葉だろうと思った。これを本にしたら、たくさんのお母さんたちの役に立つのではないか。
それは「ひらめき」であり、 手ごたえだった。私はこの「ひらめき」に従うことにした。
それは容易ではなかった。
なにせ、「原稿」と呼べるものがない。あるのはたった11行の詩だけだ。そして、詩に添えられたドロシー・ロー・ノルトという名前だけ。原稿が足りず、作者と思しき人物も不明。 手の打ちようがなかった。
しかし、これは本にするべきだ。 そう思った私は「原稿がないなら、書けばいい」と考えた。 作者が見つからないのだから、 詩を書き足すのではなく、今ある行の詩を解説してもらえばいい、と思いついた。
これは結果的にとても良いアイデアだった。
一つひとつが素晴らしい言葉なのだから、これ以上何かを加えたら、まさに蛇足となる。それよりも、それぞれの言葉に込められた 意味、教えを丁寧に分かりやすく解説すれば、より心に響 く。
そうなると問題は誰に解説してもらうか、だ。文学者である必要はない。言葉に込め られた意味を、そして心を解き明かすのは……心理学者だ。そして、当時早稲田大学教授 の加藤諦三先生に白羽の矢を立てた。
こうして本になるだけの原稿を揃えることができた。しかし、実際に本にする前に、最大の問題があった。詩の作者、ドロシー・ロー・ ノルトの許可を得ずして本を作ることなどできない。
ドロシーという名前から「アメリカ人に違いない!」と思い込んだ私は、当時のフジテレビワシントン支局長に全米でその名前の人物を探してもらうことにした。
この勘が当たり、ロサンゼルス郊外の田舎町に住むドロ シーを発見できたのは、奇跡と言えるかもしれない。そして、すぐにドロシーの元へ飛んだ。
行動によって
切り拓かれた道
そして誕生した『アメリカインディアンの教え』は90万部のベストセラーとなり、数多くの類書を生むことになる。
これは何より多くの人たちの力が発揮された結果である。 詩を見いだしたニッポン放送のスタッフや広いアメリカからドロシーを見つけてくれたワシントン支局長を始めとするたくさんの人の力がなけれ ば、この本は生まれなかったに違いない。
ただ、もうひとつ言えることは、11行の詩しかないものをどうすれば本にできるか、その方法を諦めずに探したこと、そして行動したこと。
それがすべてのベースになったのだ。
本にする材料が足りなければ、どうすればいいかを考え、 実行する。作者の名前しかわからなくても、見つけ出す方法を考え、見つかったらすぐに会いに行く。
すべてに対して「無理かも」と思わない。その代わり、「何ができるか」を考え、実行する。
必要なのは、どうしたら可能になるかを考えることと、それに伴う「行動 」、ただそれだけだ。
その確信は今も変わっていない。
※この「結の仕事術」は、雑誌【経済界】にて2015年5月26日号から2016年4月5日号までの11ヶ月、22 回にわたって連載されたものをHPに転載しているものです。