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【結の仕事術 Vol.2】「どうする?」を解決する糸口は?


出版プロデューサーとしてさまざまな本づくりに携わってきた平田静子が、人と人、情報と情報を「結ぶ」仕事術を紐解くシリーズ連載「結の仕事術」。

今回は、20 世紀最後の年に生まれた超ベストセラー『チーズはどこへ消えた?』。ちょっとしたヒントを見逃さない〝気付き〟が、新 しい〝売り方〟を編み出す原動力となった。

ブームを眺め、新しい道を探す


「こんな本が売りに出てます」。 


翻訳物の担当編集長が私の元へ持ってきたのは、原稿ではない。単なる出版概要だった。それがのちに『チーズはどこへ消えた?』と邦題がつけられ、400万部を超える大ベストセラーになる本になるとは、その時誰も思わなかった。 

その当時のベストセラーは『金持ち父さん、貧乏父さん』(筑摩書房)。

寓意に満ちたファンタジーであり、ビジネスの奥義が秘められている。その視点が新鮮だった。恐らく30万部くらい売れていたと思う。

書籍編集部長という立場上、常に本の売り上げ順位をチェックしていた私はこの本が長く売れているのに単純に驚き、そして正直うらやましかった。「こんな本が出せるといいのに」。そう思わずにいられなかった。 

私は翻訳物の担当編集長にファンタジー仕立ての面白そうな本がないか探してもらっていた。

そして見つかったのが『Who movedm my cheese』、作者はスペンサー・ジョンソン。彼の本は日本のある出版社が独占的に出版していたのだが、この企画はなぜか断られたとのこと。 

2匹のねずみと2人の小人が登場する、チーズをめぐる物語。そこにはビジネスに通用するいくつもの気付きがある。 

これはいけるかもしれない。 

そして『チーズはどこへ消えた?』は生まれた。 21世紀直前、2000 年 11 月のことだった。 


ニーズだけでなく
〝目的〟を見つける


初版は2万部だった。当時はこのくらいの部数が当たり前だった。しかし、もちろんのこと先行する『金持ち父さん〜』と同じくらい、いやもっと売り上げを伸ばしたい。

ではどうすればいいのか。考えあぐねていた頃、当時の扶桑社社長がこう言った。折しも年末年始を控えた時期。

「経営者は年末年始にスピーチをする機会が多いから、ネタを探すのに苦労するんだよ。きっとたくさんの経営者が同じことで悩んでいるはずだよ。この本はスピーチのヒントになるんじゃないか?プレゼントしようよ!」 

私は早速、上場企業100社の社長にこの本を贈った。「どうぞスピーチのヒントにしてください」という手紙を添えて……。

それだけではない。それと同時に、当時のフジテレビ・日枝久社長が事前に読んでくだ さり、「これは本当に良い本だ。知人の経営者たちに推薦するよ」と勧めてくださったのも、 売り上げを伸ばす後押しとなった。

なんと、当時のソニー社長、出井伸之氏がソニー全体会議とソニーハワイアンオープンの席上でこの本に触れ、「いい本だから、ぜひ読んでみるように」と勧めてくれたのだ。

そこからの売れ行きは、まさに爆発的なものだった。自分のため、部下のために買う人はもちろん、まとめ買いをする企業まで現れたのだ。


売れているときこそ
果敢に攻める


驚くように重版されていく中、全社一丸となってさらなる売り上げアップを狙いある仕掛けをした。

それは、帯。本は下の部分にキャッチコピーなどを入れたベルト状の紙を巻くのが一般的だ。この帯コピーを次々変える作戦に出た。

出井氏のスピーチで話題になった時は、ビジネスマンに向けた1冊であることを。書店から「女性が買って行かれますよ」と聞けば、夫婦関係や育児に役立つことを。新社会人がデビューを迎える4月には社会人必読の書であることを等々…。

その時の状況や情報に応じた帯をかけたのも売り上げを伸ばす好手だったと思う。 

こうして、『チーズはどこへ消えた?』は400万部という記録的なベストセラーになった。

その要因は“誰に”読んで欲しいのかを徹底的に考えた1冊だったからかもしれない。そこには「世の中の社長が実は困っている」という気付きがあり、その問題を解消するというアプローチがあった。 

仕事は問題解決から生まれるとはマーケティングの初歩である。しかし問題を見つける力がやはりヒットを生む源であることは、間違いない。

※この「結の仕事術」は、雑誌【経済界】にて2015年5月26日号から2016年4月5日号までの11ヶ月、22 回にわたって連載されたものをHPに転載しているものです。

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