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【結の仕事術vol.9】「旬」と「人の持つ力」を大切に

「今までにないものを」と宣言するのはとても容易いことだ。しかし、それを実現するとなると、格段に難しくなる。そういうときは、「今までにあるもの」を少しだけひねってみる。「情報誌」というありきたりのカテゴリーで「今までないもの」を目指したとき、何が生まれたか。

初めての挑戦と「私のカラー」

『CAZ』という、隔週刊の女性誌の編集長になったのは、今から22年も前のことだ。書籍編集長も経験がないまま務めたが、雑誌編集長も、というより雑誌の編集に携わること 自体が初めてだった。素人同然の人間を「長」に据える、今考えれば大胆な人事をしたものだと思う。 

私が編集長になったのはバブル経済が崩壊し、『清貧の思想』という本がベストセラーになった時代。派手なことは控えて堅実に、というのが時代の空気だったと思う。 

そんな中で『CAZ』の位置付けは「女性向け情報誌」。インターネットもなく、すべての情報は雑誌頼りだった時代、女性向けに限らず、グルメやエンタメ、旅行などの情報を満載した情報誌は数々出版されていた。できるだけ有益な情報を詰め込み、読者の毎日に役立つ、それが使命だった。 

だからこそ、当時の情報誌はとにかくページにより多くの情報を詰め込むのがセオリーだった。グルメでも新製品でも、ひとつでも多くの情報を載せることが雑誌の価値につながるとでもいうように。1ページに何件もの情報が詰め込まれているのはごく普通の構成だった。 

その結果、誌面が無味乾燥になっているのが私には不満だった。5センチ四方の情報がぎっしり詰め込まれていても、ちっとも気分をそそられない。もっとワクワクするような誌面にしたい。例えば温泉特集なら温泉の気持ちよさや、窓の向こうに広がる清らかな空気が伝わるような、雰囲気のある写真で旅情を掻き立てられるような。 

結果、扉のページでは2ページで1軒の温泉を紹介する、という贅沢なページ構成になった。 

「これが情報誌だって、分かってる?」当時の同業者はそう思ったことだろう。しかし、読者である女性たちはこの空気感を気に入ってくれた。 

これは雑誌づくりでは当たり前のセオリーだが、給料日前の号にはお金のかからないグルメを、給料日後にはちょっとオシャレなレストランを、寒い季節には暖かなスポットを、と季節感や読者の懐具合に寄り添った企画を心掛けた。つまり、読者の感情に訴える誌面づくり、ということだ。 

新編集長としての「私のカラー」は読者に受け入れられたらしく、『CAZ』は若い女性に愛される雑誌となった。

時代の顔を出してメジャー感を演出

読者の感情にフィットする企画を次々と打ち出す一方で、雑誌ならではのメジャー感や華やかさも必要だと思った。それなら旬の人が登場するのが一番だ。 

何かいい方法はないかと考えたとき、思い付いたのがフジテレビ月9プロデューサーによる芸能人の対談ページだ。

白羽の矢を立てたのは、私がフジテレビで働いていた頃からの知人、現フジテレビ社長の亀山千広氏と同じく常務取締役の大多亮氏。当時ふたりは手掛けるドラマすべてを当てた敏腕プロデューサーだった。だから、当然対談相手は月9主演クラスの女優や俳優たち。しかもテレビ局にとってもプロモーションになるからという両プロデューサーの配慮によってノーギャラにしてくださった。雑誌にとっても誌面が華やかになる。一石二鳥の企画は読者の評判も上々だった。 

ふたりのプロデューサーによる対談連載が終了したあとは、秋元康氏の対談企画がスタート。氏も私が出版社宣伝部時代から一緒に仕事をした間柄だった。 

女性誌には芸能人の登場が欠かせない。だが、情報誌にはほとんど芸能人は登場しないのが一般的だった。しかし、私は雑誌にメジャー感を出すため、今旬な人を登場させたかった。 

3人の力を借りたのは、そのためだった。敏腕プロデューサーが対談相手ならと、誰もが依頼に対し快諾してくれたものだ。 

こうして『CAZ』は毎号旬の芸能人が名プロデューサーに素の自分を語る華やさが受け、OLに支持されていった。 

※この「結の仕事術」は、雑誌【経済界】にて2015年5月26日号から2016年4月5日号までの11ヶ月、22 回にわたって連載されたものをHPに転載しているものです。

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