【結の仕事術vol.5】「関心」を見つければ成功する
出版プロデューサーとしてさまざまな本づくりに携わってきた平田静子が、人と人、情報と情報を「結ぶ」仕事術を紐解くシリーズ連載「結の仕事術」。
連載第5回は、小説『象の背中』を出版するにあたって、稀代の売れっ子、秋元康と仕事をするために提示したものとはなにか。
他からのオファーが殺到している中、自分を選んでもらうための“仕事術”とは?
当代のヒットメーカーの
心をつかむ
秋元康。芸能界に疎くても、この名前を知らない人は恐らくいないのではないだろうか。
いわずとしれたAKB48の仕掛け人でありプロデューサー。美空ひばりの名曲、「川の流れのように」の作詞家であり、数々のヒット番組を手掛け、映画をつくり、出版もし…。
あらゆる分野で活躍する、まさにマルチな才能の持ち主だ。
それは今から30年前のこと。フジテレビの人気番組、「夕やけニャンニャン」から生まれたアイドルグループ、おニャン子クラブが社会現象というほどのブームを起こしていた。その仕掛け人が、秋元康氏だった。
当時扶桑社宣伝部に所属していた私は、おニャン子クラブのシリーズものの本の宣伝をとおして秋元氏と交流があった。
そして、女性誌『CAZ』の編集長に就任してからは、人気芸能人との対談やエッセイ をお願いするなどしていた。
「秋元さんともっと面白い仕事がしてみたい」
それが当時の野望だった。稀代のヒットメーカーの本を出したい。恐らくほとんどの出版人が思っていたことだろう。実際、秋元氏の元にはたくさんの依頼がきていた。
その中で、ありきたりの企画を出しても埋もれるだけ。きっと目にも止めてもらえないだろう。
その中から、私の企画を選んでもらわなければならない。
「未経験のこと」に
答えがあった
どんな企画なら首を縦に振ってくれるのだろう。そもそもどんなことに興味を持つのだろう。 考えるうち、ふと思いついた。
「秋元さんが、今までやってこなかったことは、何だろう」
あらゆる分野で活躍している人でも「まだやっていない」ということがあるなら、そこに答えがあるのではないだろうか。
−小説はどうだろう。 それも、長編の新聞連載小説。
それは多才な秋元氏にとっても、未体験の世界なはずだ。
「新聞連載小説」は人気と実力を兼ね備えた小説家が長期に渡って臨む、まさに別格のもの。 これを小説家ではない秋元康氏が挑戦する、それだけで話題になるはずだ。しかも連載終了後には1冊にまとめて書籍として出版できる。
秋元氏はきっと興味を持ってくれるにちがいない。 そう確信して氏に持ち掛けた。
すると「面白いね、やろうよ」とまさに二つ返事で快諾してくれたのだ。
私はすぐに産経新聞社に相談した。新聞社はたちまち、いろいろな難問をクリアしてくださり、なんと連載が実現したのだ。
秋元氏からは2つのテーマが上がってきた。
ひとつは中年男性がなぜか突然女性にモテ始める、という話。そしてもうひとつが、がんで余命半年を宣告された中年男が、残された時間で自分とかかわった人たちに遺書を残していくという話だった。
後者のほうが新聞読者の心に刺さるということでそちらに決定し、「象の背中」という タイトルで2005年1月から6月までの間、産経新聞に連載された。
このタイトルは、秋元氏自身が付けたもの。自分の死期を悟りひっそりと群れを離れ、ひとり墓場に向かうといわれる象の姿がモチーフになっている。 連載は話題を呼び、終了した翌年の4月、単行本として出版したところ、5刷まで版を重ねることができた。
その後、映画や連載漫画、ショートアニメなどメディアを変えて波及していったのは、プロデューサー秋元康氏の面目躍如といったところだろう。
しかし、そのすべての出発点はマルチな才能を持ち、多方面で活躍する氏にとって 「まだやっていないことは何か」と発想を逆転させたことから始まった。
相手の心を動かすには、相手の気持ちになって考えること。ありきたりの言葉だが、そこにはやはり、真実が隠れているのだと、つくづく思う。
※この「結の仕事術」は、雑誌【経済界】にて2015年5月26日号から2016年4月5日号までの11ヶ月、22 回にわたって連載されたものをHPに転載しているものです。